長崎さるく「シーボルト宅跡・シーボルト記念館」

ドイツ医学界の名門出のシーボルトは、出島の商館医として赴任したケンペル、ツュンベリーの書物を読んで東洋への関心を持つようになり、1823年、27歳の時に商館医として長崎の出島にやってくる。
当時の長崎には、先進のヨーロッパの医学や学問を学ぶため、日本中から多くの医師が集まっていた。シーボルトは彼らを出島へ呼び、医学などの講義を始める。
シーボルトは、楠本 滝と結婚し、娘イネが生まれる。
イネは、日本人女性で初めて西洋医学を学んだ産科医となる。

『シーボルト宅跡 鳴滝塾(なるたきじゅく)跡』
オランダ医として出島に赴任して来たシーボルトは長崎奉行所の許可を得て、この地、鳴滝に塾(医学校と診療所)を開く。
この場所は観光コースから少し外れた場所にあるため、静かに昔を思いながら散策ができます。
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シーボルトが愛するお滝の名をつけたオタクサ(アジサイ)の花が静かに咲き誇っています。
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奥にシーボルトの銅像がアジサイに囲まれて建っています。
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『シーボルト記念館』
宅跡の隣にあるシーボルト記念館の外観はオランダにある彼の旧宅を模して建てられています。

 ところ 長崎県長崎市鳴滝2-7-40
 シーボルト記念館のホームページは こちら
★「シーボルトとオタクサ展」開催中(5月15日~6月27日)

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記念館入口の若き日のシーボルトの銅像
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シーボルト家の紋章をモチーフとしたステンドグラス
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出島の一角には薬草園があり、ヨーロッパの植物や薬草が栽培されていました。
シーボルトは、この薬草園の一角に石碑を建てました。自分に日本への興味を抱かせるきっかけを作ってくれた2人の商館医、ケンペルとツュンベリーを称えるために。(撮影地:出島)
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この辺り一帯がかつて薬草園、ヨーロッパの植物が栽培されていた。(撮影地:出島)
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by toretara-iine | 2010-06-07 22:46 | お出かけ(長崎)

ぼちぼち散歩しながら見かけた光景や四季の草花の撮影を楽しんでいます。 by Kaz(ブログタイトル変えました)


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